<< 新しく生まれる
|
目次
共にいる  :  島田 隼人 牧師
大学時代アルバイトをしていた時のことです。作業中にあやまって、指を切ってしまいました。傷は深く、縫ったのを覚えています。
さて、その現場にいた社員の方はとても心配してくださり、応急処置をしてくださいました。その後、怪我の報告をするために、社員の方と一緒に上司の部屋へと向かいました。
怪我のことを報告した時、上司が、まず私に言った言葉が忘れられません。
皆さんが上司なら、なんと言いますか?「大丈夫ですか?」「気をつけてくださいね」などでしょうか。怪我している私の指を見て、上司の方は、「つまらん」と言ったのです。
耳を疑いました。怪我をしているのに、「つまらん」と言われ、私の心は悲しみと、怒りで満ちてきました。なぜ、そんなことを言うのだろうか?もう、このアルバイトを辞めてしまおうかとも思いました。
しかし、そんな悲しみと怒りで満ちている私の心は守られたのです。
それは、私の横に立ち、共に上司から注意を受けている社員の方の存在です。
その方は、ただ私の横にいてくださいました。そして、どうにかして、アルバイトの私を守ろうとしてくださいました。その方の表情と仕草、そして上司への態度、言葉を通して伝わってきたのです。本当に嬉しかったのを覚えています。

旧約聖書のイザヤ書46章4節をお読みいたします。
同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで 白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。
聖書には、どんな時にも共にいて守り、救い出してくださる方がいる、と言っています。
この方と出会った時。私たちはその方と共に歩む生き方を選んでいくのです。
<< 新しく生まれる
|
目次