パウロは、
『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです』
と語っています。
「いつも喜んでいなさい」と言われると、「そんなことができるのでしょうか」と思ってしまいます。エレン・ホワイトは、次のように言っています。
「人生という道をたどりながらも、自分の間違いや欠点や失望ばかりを考えて、悲しみと落胆に満たされている人がたくさんいます。私がヨーロッパに行っていたとき、ある姉妹がちょうどこのような有様で、たいへん失望し励ましの言葉を求めてきました。その手紙を読んだ夜のことですが、私は、ある庭園を歩いている夢を見、その庭園の持ち主と思われる人に案内されていました。道すがら私が花を摘み、その高いかおりを楽しんでいると、そばを歩いていたこの姉妹は、道を遮っているつまらないあざみを見て、それを悲しみ嘆いていたのです。この姉妹は、案内者に従って道を歩かないで、茨やあざみの中を歩き、『せっかくの美しい庭園も、このような茨があっては本当に残念なことです』と言うのでした。すると案内者は、『茨のことは気にしないでください。茨はあなたを傷つけるだけですから。それより、ばらやゆりやなでしこを摘んではどうですか』と答えました。」(エレン・ホワイト著『キリストへの道』)

私たちは、自分の間違いや欠点ばかりに目を向けてしまうのかもしれません。しかし、美しいこと、感謝すべきことに目を留めることは、もっと大切なことではないでしょうか。この世界を造られた神様は、私たちがいつも喜ぶことを望み、祝福を与えてくださっています。これまで、なにか楽しかったことはなかったでしょうか。一つの失望に心を奪われ、ほかの多くの祝福に目を留めないのは残念なことです。神様の恵みを数え、いつも喜んでいたいと思います。

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