牧師便り

雪よりも白く  :  山口 豊 牧師

暖冬と言われていた割に、年が開けてから寒い日が続き冬を実感しています。この間はしっかりとした雪が降り、電車を使う方は大変だったのではないでしょうか。

そして、奄美大島や、沖縄でも雪が降ったと話題になっていました。私たちの教会には、全寮制の高校が広島にあります。私もそこに在学中、沖縄からきた生徒たちが雪を見て喜ぶ姿を覚えています。なので沖縄で雪を見るだけでも驚きだったのではないでしょうか。

関東に住む私たちにとっても、積もるほどの雪は子供の頃には及ばないものの、すこし心躍るものではあります。通勤などに差し支えがなければシーズンに何度かは雪景色を見てみたいものです。とはいえ、雪国の人にとっては、きれいだけではなく雪かきの大変さ、時には命の危険さえ覚えるような事態を引き起こすものとして身近ながらも楽しむだけとはいかないものでしょう。

聖書の中にも雪がでてきます。聖書の舞台になっているイスラエル近辺では雪は降らないのかと思いがちですが、緯度的には日本とはあまり変わらないので、縁遠いものではなかったようです。今はシリアとの国境になっているヘルモン山の上には白い雪がいつもあり、それを見ていました。そして、雪は白いものを表すものとしても用いられています。

雪より白く

日本にも、白銀の世界という言葉があるくらい雪に覆われたものをみると真っ白に見えます。古代のユダヤ人も同じ視点を持っていました。

「ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください。
わたしが清くなるように。
わたしを洗ってください。
雪よりも白くなるように。」

詩編51編9節

この言葉は、重い罪を犯したダビデ王が自分の罪を告白し悔い改めたことを歌った詩編51編の言葉です。ヒソプの枝は、当時の宗教的な清めに使われていました。その事を、自分が犯した罪を神様が洗い清めてくださることに重ねています。罪はどす黒く、暗いイメージを与えますが、神様によって許されたものは、雪よりも白くなると聖書のみことばは語っています。

まだ今シーズン雪が降るかもしれません。白い雪を見た時にこの聖書のみことばを思い出してみてください。