久保 司 牧師

年の初めに向けて  :  久保 司 牧師

「主は、エジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。
この月をあなたがたの月の始まりとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。
イスラエルの全会衆に告げて言え。
この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、
すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。」

旧約聖書出エジプト記12章1~3節

あけましておめでとうございます。皆様には良いお年を迎えられましたでしょうか。

教会では、元旦に元旦礼拝」を行い、一年の初めに神様の前で新しい一年が始められることの感謝を礼拝として現しました。

実はお正月については旧約聖書にあります。ただ、日本のお正月(1月1日)とは違い、2つのお正月があるようです。

イスラエル、古代ユダヤにおいても「新年」は必ずしもひとつではなく、聖なる祭りの始まる春の新年(宗教暦)と農耕用の秋の新年(生活・政治暦)と、新年は2種類あって、ユダ族(南王国)では後者を使っていたため、その流れで現代のユダヤ暦も政治暦のほうが用いられるようになりました。

宗教暦の年始めの月はニサンの月と呼ばれ、今の太陽暦(グレゴリオ暦)では3月から4月の時期にあたり、政治暦では第7の月で、9月下旬から10月上旬に当たります。

聖書的には宗教暦に注目したいのですが・・・

1月でもないこの月が最初の月とされた背景にはイスラエル国家の起源となる過越と出エジプトという歴史的出来事がありました。

ニサンとは「始まり、出立する」を意味しますが、イスラエル60万人(出エジプト記38章26節。男性だけの数という説なので、女性や子どもを合わせると200万人以上だと思われる)の民は過越を契機に400年間にも及ぶエジプトの隷属から解放され、約束の地ヘ出立したのでした。実は教会の起源も過越と出エジプトにあるようです。

その日は全てのイスラエル人にとってとても大切な日と定められていて、彼らは断食し、エルサレムの神殿では祭司達が色々な儀式を行いました。その儀式の目的は人々が神に犯した罪を清める事です。主に、生け贄を捧げる事によってイスラエルの罪が贖われ、神の許しを受け、人々は神様と新たに和解を与えられるとされました。罪に気付いたら、贖罪日の許しを受けるように、心からの悔い改めをしたいと思ったのです。

ですから、元旦礼拝は一概に非聖書的であるとは言えないと思います。何よりも、年ごとに新たな気持ちで神と向き合うという意味では私たちにとって大切なのかもしれませんね。

神様も正月ごとにとか、年ごととか、大事なけじめをつけて自らを見つめ直し、悔い改めて神様に立ち返る事を求めておられるのではないかと思います。