島田 隼人 牧師

誰の目?  :  島田 隼人 牧師

皆さんは、人の目を気にするタイプでしょうか?それとも、あまり気にしないタイプでしょうか?
多くの人は、それなりに気にして生きているのではないでしょうか。
しかし、人の目を気にする生き方は、時に疲れてしまいます。なぜなら、本当の自分ではなく、周りの目に合わせて生きる傾向にあるからです。
人の目を気にせずに、自分らしく堂々と生きたいと思われている方も多いのではないでしょうか。

聖書の中にザアカイという男が出てきます(新約聖書ルカによる福音書19章)。彼は、税金を集める仕事をしており、みんなから嫌われていました。ザアカイを見る周りの目はいつも冷たいのです。もし私が、ザアカイのように町中の人から嫌われていたなら、人の目が気になってしまい、外に出なくなると思います。
そんなザアカイは、ある日、周りの目を気にすることなく、町に出てある行動に出たのです。それは、イエス・キリストを一目見るために、多くの人の中に飛び込み、走り、そして木に登ったのです。

嫌われ者のザアカイがこのような行動をすることができたのは、なぜでしょうか?それは、ザアカイが気にしていたのは、周りの目ではなく、イエスさまの目だったからです。

旧約聖書イザヤ書43章4節には次のよう に書かれています。

 

私の目にあなたは価高く、貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする。

新共同訳:イザヤ書 43章4節

この聖書の言葉に出てくる、「私の目」とは、神様の目のことです。
つまり、周りの人がどう思おうと、私にとってあなたは愛すべき、価値のある存在なんだよ!との言葉なのです。
ザアカイはこの「私の目」に出会うために、周りの目を気にすることなく行動したのです。
そして、イエスさまからの、愛の眼差しを体験し、彼の人生は変えられたのです。

今日、私たちは誰の目を気にして生きるでしょうか。私たちがどのような状態でも、愛の眼差しで私たちを見つめてくださる、イエスさまに出会ってみませんか。