牧師便り

心を清め支える水  :  久保 司 牧師

「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」

ヨハネによる福音書7章38節

精霊の神様は、聖書の中で、水や雨にもたとえられます。

水は私たちの生活に必要不可欠なものであり、もし、水がなかったら、私たち人間は生存していくことが出来ません。もちろん地球上のあらゆる生物や植物も同様です。

昔から、水は命の源と言われてきました。そのような水にたとえられるように、まさしく精霊は私たちの心に必要不可欠な存在です。

私たちの体はその60%が水分であるといわれています。体重60キログラムの人ならば水分は36キログラムが水だというわけです。その水分もいつも体内に留まっているわけではありません。排泄物として、約1100CC~1600CCが排泄されています。また、不感蒸泄といわれる、私たちの呼吸や皮膚からの自然蒸発や汗などによるもので、約900CC、合計で約2000CC~2500CCの水分が体から出てゆきます。

例えば、吸収される水分がなければ体重50キログラムの人なら15日~25日でミイラになってしまうわけです。

しかし、私たちの体はよく造られていて、水分が十分にとられていないときや不足しているときには、体が熱くなったり、のどが渇いたりして、水分を補給しようとします。

私たちは精霊という大切な水を、この心にいただかずにして、果たしてどれだけ生きてゆけるのでしょうか。確かに、この肉体には別に変化はないでしょう。しかし、心は確実に乾いてゆきます。さらに精霊を拒み続けるならば、魂の死が私たちを手招きするでしょう。

私たちの心を潤す精霊の神様を今日も喜んでお迎えしましょう。